MHK
録画した松本人志『MHK』を観て、杉本拓さんが先日ブログで「だって私は普通に聴いても(自分も含め)面白くもなんともないような音楽がやりたかったから。」と書いていたことを思い出した。それは『文藝』に掲載された中原さんの新作で、「だから、俺はつまらない小説しか書かない」と書いていることとも、どこか通じている気がする(この短編素晴らしい。小説家としての復帰第一作『IQ84以下!』も良かった。CD付き絵本)。とはいえ、このコント番組が面白くなかったわけではない。通販で何かを買った人の話。住まいをリフォームをする話。何かを目撃した人の話。その対象が可笑しいので、笑いも起こるのだけれど、目的としているのは笑いではなくて、別のところにある気がする。最後は、やたらと「逆に」と連呼する卒業式の答辞で終わる。今回の試みが「逆」の何かであるのならば、その元にあるモノへのお別れ(卒業)の宣言だったりするのかもしれない。
昼はきしめん、夜はマグロ丼。古本屋でアンリ・ミショーの本など買った。
- 作者: 中原昌也
- 出版社/メーカー: フィルムアート社
- 発売日: 2010/09/15
- メディア: 単行本
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- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2010/10/07
- メディア: 雑誌
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- 作者: 東京国立近代美術館
- 出版社/メーカー: 平凡社
- 発売日: 2007/07/01
- メディア: ハードカバー
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玄牝
家で作業。もう一週間が終わるのか…。夜にDVDで『グラン・トリノ』。映画といえば、先日試写で『玄牝』を観た。昔ながらのお産を貫く一部では有名らしい産院のドキュメンタリーなのだけど、産院のあり方を褒め称えるような描き方ではなく、違和感も感じさせる。それがよいと思った。カメラも回している河瀬直美監督の、場に踏み込みながらも情緒に流されず客観的で批評的な立ち位置が絶妙なのだ。主題が自然分娩なので観る前は身構えていたけれど、老若男女問わない映画だと思う。http://www.genpin.net/index.html
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落合南長崎のGallery Countachで打ち合わせ。画家でthe coffee groupのメンバーでもある近藤恵介さんに新作を見せていただく。す、すばらしい…。http://www.kondokeisuke.com/
西荻窪のFALLで店主としばし歓談。いろいろ世間は狭いなーと。ニュートレドのCDなど購入。えんツコ堂でベーグルなど。もぐもぐでベーコンなど。坂本屋で絶品のカツ丼。西荻に住んだらぜったい破産する。
モーニングツー校了。アイケア欄外nu、次号は円盤の田口史人さんです。「CDとは?」
現在発売中の『アイデア』で山口信博さんにインタビューさせて頂きました。話せば話すほど様々な事象がリンクして感じられました。ぜひご一読いただきたいです。二度とこのようなインタビューはできないと思う。なお、当初は連載「越境のかたち」の取材として申し込んだのですが、特集記事扱いとなったため、今回の連載はお休みいただきました。連載は次号で最終回。この一年、長かったような短かったような…。
アニメーションフェスティバル2010
吉祥寺バウスシアターで、チラシやパンフのデザインを担当させていただいた、『アニメーションフェスティバル2010』のAプロを鑑賞。なんと連日満員の大盛況。Bプロも相当見応えあったが、このAプロは本当にヤバイ。
冒頭を飾るのは、フェスの主催者でもある山村浩二さんの代表作『頭山』。自分の頭頂部に生じた池に自分が落ちる(!)というオチのこの作品を導入として、観客をめくるめく異次元空間へといざなう。
デイヴィッド・オライリーの『RGBXYZ』はスクリーンで観るとホントにモノすごい……。ラストのドン・ハーツフェルトはもう言葉にならない……。どれもメーターの振り切れた作品ばかり(いろんなメーターがある)。これで人生観が変わった人は多いと思う。このようなプログラムを大勢の人が体験したという事実は大きい。
上映順で作品の見え方は変わるだろう。複数の短編アニメーションを劇場で上映するということは、上映順という誰かの主観が大きく関与することを意味する。編集の妙。
編集といえば、『編集進化論』(フィルムアート社)を読んだ。編集についての多様な意見や提案のかずかず。いちばん最後の「編集の思想とは?」とのQ&Aへの滝本誠さんの答えが印象に残った。
連想にはやはり、推進力が必要なのですが、これには笑顔が素顔というぐらいのヘトヘトの愛嬌を周辺に振りまく必要があります。別にニンゲン相手とは限りません。まさに、本、映画、アート、生活全般に微笑むのです。(略)編集は思想というより、セカイの小爆発のようなものとわかります。
『K8』でも取り上げられていた「むすび」に関する記事もあり。
編集進化論 ─editするのは誰か? (Next Creator Book)
- 作者: 仲俣暁生,フィルムアート社編集部
- 出版社/メーカー: フィルムアート社
- 発売日: 2010/09/22
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http://webmagazine.gentosha.co.jp/fusianasan/index.html
We Don’t Care About Music Anyway...
ユーロスペースにて、フランス人の新人監督による、日本のミュージシャンのドキュメンタリー映画『We Don't Care About Music Anyway...』の試写を鑑賞。冒頭の夢の島とノイズミュージックの取り合わせに一瞬不安がよぎったが、それは杞憂に終わった。
坂本弘道は劇中で、音楽を聴くことは、呼び起こされる無数の記憶と対峙することだと語っているが、それはこの映画自体にも言えるだろう。セッションや独演による演奏シーンと、ミュージシャンによる座談会、そして東京都内の繁華街を切り取った映像で構成されており、それらの音と言葉と風景の断片の交差が、記憶を揺さぶる。
坂本は廃墟を歩きながら、廊下の窓や壁を叩くことで音楽を生みだす。伝統あるチェロの形状に美的な拘りがあると語りつつも、グラインダーを当てて火花をスパークさせる。屋外では鉄屑の山に囲まれながら、大友良英がターンテーブルで「レコード」を鳴らす。モノの記憶を呼び起こすようにして、新たな何かが現れる。
鉄道のレールに耳を当てるL?K?Oは、鉄で伝わる振動によって何かの到来を感じているのだろうか(すでに通過した後かもしれない)。山川冬樹は、トゥバ共和国で継承されるホーメイを、現在の日本で如何に表現すべきかを語る。誰かが持ち寄った過去の写真をみて笑う。少年時代のゲーム体験の影響を語るものもいる。
「東京の街を歩いていると、この風景がこれからもずっと残っているとは思えない」、との坂本の懸念を受けるようにして、高層ビルとクレーンで持ち上げられる鉄骨が映し出されてエンディングを迎える。鉄骨が不安定で、落下しそうに見えるのが気がかりだ…。
1/15よりユーロスペースにて公開