now

nununununu2004-11-08

6日の新聞に考えさせられる写真が掲載されていた。画像は避難所に天皇が訪れたときのもの。芸能人が携帯カメラに迷惑している、という話をよくきくけれど…。数えてみると老若男女8人が携帯やデジカメを天皇へ向けています。無礼だ、とか、それだけ身近になったのか、とか、それだけ携帯カメラが普及したのか、とか、いろんな見方があると思います。でもぼくがこの写真にハッとしたのは、多くの人が「体験すること」よりも「体験を記録すること」を重視していると思ったからです。めったにない体験だからこそ記録しようと思うのでしょう。しかし、天皇をカメラに収めようとすると、対象の動きやカメラの設定など、多くの情報を制御しなければならない。体験の質は落ちる、しかし珍しい記録は価値を生む。直接的な体験は目に見えるような価値はうまない。ぼくならどちらを選ぶのだろう。迷っている内にどちらの機会も逃してしまったりして…。
その瞬間にどう向き合うか、最近よくかんがえます。『nu』でFUJIYAMAの渡辺さんが、自分にとってあまりおもしろくないバンドを観たときでも、どこかイイところがあれば、終演後そこを褒める、というような発言をされていました。これは、そのバンドに対する応援であったり、渡辺さん流の挨拶であったりすると思いますが、いずれにせよ、せっかくの出会いを楽しみたい、という気持ちがあるのがわかります。そこで何も言わず帰ってしまったらおもしろくないし、何もうまれないし、あるものもなくなるでしょう。
それに賛成しながらも、時として、何も言えない自分がいます。体験よりも記録を重視してしまう自分がいます。(その記録は大抵必要でないことが多い)。いま何を選び、どう感じるかを優先してかんがえる。それって先の見えない自分への言い訳? そうかも!?