平岡さん

本日、平岡正明さんが亡くなられた。

『nu』2号の大谷能生磯部涼対談で、平岡さんが話題にのぼったので(「磯部:平岡さんが今のジャズを、菊地さんとか大谷さんを、どう思っているのかって興味あるなあ」「大谷:でも後を継ぎたいとは思ってますよ、平岡さんのスタイルは」)、のちに単行本『平岡正明のDJ寄席』を編集されるハタリさんから平岡さんの連絡先を教わり、磯部涼『ヒーローはいつだって君をがっかりさせる』(とじつは菊地成孔大谷能生東京大学アルバートアイラー』)をお読みいただき、原稿「俺はちょっとセンチになったぞ」を書いていただいた。その縁もあり『平岡正明のDJ寄席』の装丁を担当することとなり(のちに書き下ろしの若松孝二実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』論や沖島勲『一万年、後....。』論などを収録した『若松プロ、夜の三銃士』も)、そこで知り合った編集者/ライターの朝倉祐二さんとグラフィティ観察者田中元樹くんには『nu』3号にもご登場いただき(2号では講義「平岡正明のDJ寄席」企画の佐藤正樹さんも)、平岡さんには「銚子と菊地成孔」のお題でご寄稿いただいた。平岡さんの名前はいろんなところで見聞きした。思えば、昨日の深夜に『赤塚不二夫のまんがNo.1』を復刻したディレクターから3年ぶりに電話があり話したのだけど、このCDブックには平岡さんの「にっぽん犯罪英雄列伝 礼楽篇・荒木一郎強姦未遂事件」が再録されていたのだった。もう2年くらい前だろうか、平岡さんと大谷さんとの対談の了解を得たのだけれど、そのままになってしまっている。

平岡正明さんのご冥福をお祈りいたします。


平岡正明のDJ寄席

平岡正明のDJ寄席

若松プロ、夜の三銃士

若松プロ、夜の三銃士

赤塚不二夫のまんがNo.1シングルズ・スペシャル・エディション

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座頭市スピークス、菊地成孔の巻   平岡正明

 銚子はようございますな。後世の人に伝えときゃならぬのは、関東では江戸に次ぐ賑いの町だった。北前船が日本を一周した時代、上方から来た船はいったん銚子で荷を下し、奥羽から来た船も荷を下し、荷は高瀬舟に積みかえて、坂東太郎利根川を関宿まで上り、関宿から分流する江戸川を下って江戸へ入る。その銚子の町をおさえたのが五郎蔵親分。
 銚子の五郎蔵という人は、ジャズマンで言えばデクスター・ゴードンみたいな人だったと評する人もいる。佐久間駿というエレキテルの専門家です。
 あたくしが銚子の町に来たのは天保八年のこと、俄雨でございまして、漁師の物置小屋に駆けこみますと、先客がおりまして、野太い声をかけられた。おう按摩さん、雨上がったら療治に来なよ、ということでございました。按摩は耳をやられるのが恐うございますから少々長く雨宿りいたしまして、降りやまぬうちに雨中に出るのはいやだとも思いましたが、声を掛けて下さったかたをそう長く待たせるわけにもゆかず、教えられた道順をひろって、濡れそぼってお訪れしたところが飯岡助五郎親分さんのお宅。これがあたくしが飯岡一家にわらじを脱いだ最初でございました。
 ほどなくして笹川とのまちがいがあって、利根の河原を血で染める喧嘩があり、渡世の義理で、用水にかかるベラボー橋の上で平手さんと斬りあいまして、弘化、嘉永安政、万延、文久、元治、慶応、明治、大正、昭和、そして平成と十二元一七一年流れまして、あなたさまのサキソホンを聴かせていただいたのも、縁でございましょう。
 はい、わたくしの故郷は笠間です。水戸を五里ばかり奥へ入った。笠間稲荷がございます。まさかコンコン様のみくびきでもございますまいが、時をへだてたとしても同じ関東者、あなたのバラードプレイには、佐原囃子が聞こえてくらあ、と平手の旦那が薄の穂を奥歯で噛みながら、江戸神田お玉ヶ池の千葉周作先生の道場をあけはなって、月見酒を楽しんだのを偲ぶ哀しさが聴き取れます。
 月に浮かれるのは狸ですか。コンコン様じゃないって。そう盲人をお責めなさるな。あたくしには狐と狸の見分けはつかないのですから。
 これはこれは。遠慮なくご馳走になります。鰯の鮨ですな。ご実家は料亭とか。この鰯の新しさ、シャリのぐあい、うまいです。あたくしなんざ、にぎり飯と沢庵があれば十分なんですが、銚子に来るとうまいものが食べられる。利根川しじみの汁、そして名物の鰯料理。またオデンが好きなものですから、助五郎一家のタテ吉さんの妹のおたねさん、あの女の煮るオデンがうまい。まるで万里昌代みたいな女で。ああいう姐さんをあたくしみたいなやくざ者が手を出しちゃならないから邪慳にしましたが、オデンには手をつけてかまわない。
 上方のお人はオデンを関東煮と言って、ひそかに関八州の馬喰の食い物のように言っていなさるけど、ここ銚子の居酒屋でおたねさんが出すオデンこそは、馬喰の持ってくる里芋や大根の根菜と、漁師が網で引いた下魚のすり身と揚げ物が、大鍋の中でぐつぐつ銚子の醤油で煮えている海と山の真のジャムセッション、カラシを塗って食えばブルースの味がする。
 ウィ、酒もいいね。灘の生一本というのは、灘の酒が海路を波にゆられて、銚子に着いて、上方と江戸とでは枡の量目がちがうから、醤油樽を作る職人の腕で作った酒樽にうつされて、ふたたび杉の香をつけられて江戸に出るからいっそう美味いと知っていなさるか若大将。なあ若大将、おまえさんのジャズもそうだ。おまえさんのジャズには物語りがある。なにかオデッセイ的な、オデン性的じゃねえよ、旅の感覚がある。あたしゃ犬吠埼の展望台でわかった。海は塩っぺえなあ、とあたしが水平線を幻視していると、若い女が、ここから見ると地球は丸いのね、と言やがった。きみのケツみたいにかい、と言うと、エッチな按摩ねって、あっちへ行きやがってよ、ウィ。女のケツはどうでもいいやね、その地球の丸さがわかるような海洋的なジャズがおまえさんのジャズだ。
 なあ菊地の。天保水滸伝をジャズでやってくんねえな。悠々と流れる非情なる大河の如しってやつで、天保水滸伝、万歳村の勢力富五郎の笹川繁蔵死後の、対助五郎および関八州の捕吏相手の徹底抗戦と鉄砲腹、つまり自決までをさ。そうすりゃあっしも仕込杖を封印しなくていいんだよ。